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福岡高等裁判所 昭和24年(ネ)67号 判決

第一審原告 杉森司

第一審被告 八尾実男 外二名

一、主  文

第一審原告の第一審被告八尾に対する控訴は、これを棄却する。

原判決中第一審被告八尾に関するその敗訴部分(主文第二項の本件家屋の一部につき共同使用を命じた部分を含む。)は、これを取消す。

第一審原告の第一審被告八尾に対する請求は、これを棄却する。

第一審被告諸岡及び近藤の控訴は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用中第一審原告と第一審被告八尾との間に生じた分は、第一、二審とも第一審原告の負担とし、第一審被告諸岡及び近藤の控訴費用は、同人等の負担とする。

二、事  実

第一審原告(以下單に原告という。)代理人等は「原判決中原告敗訴の部分(主文第二項の本件家屋の一部につき共同使用を命じた部分を含む。)を取消す。第一審被告八尾は原告に対し、原判決書添付図面中青色を以つて囲まれた部分(青色の斜線を引いてある、すなわち共同使用を命じた部分を含む。)を明渡せ。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告八尾の負担とする。」との判決竝びに担保を條件とする仮執行の宣言、及び第一審被告等三名の控訴に対し、控訴棄却の判決をそれぞれ求め、第一審被告(以下單に被告という。)等三名代理人は「原判決中被告八尾勝訴の部分を除いて、他は全部これを取消す。原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも原告の負担とする。」との判決、及び原告の被告八尾に対する控訴について、控訴棄却の判決をそれぞれ求めた。

<事実の陳述及び立証省略>

三、理  由

被告八尾がかねて本件家屋(本家である木造瓦葺二階建医務室一棟、附属建物木造瓦葺二階建居宅一棟同木造瓦葺平家建居宅一棟)を賃借し、その一部を住宅として住み、他の部分を医業の場所としてレントゲン科医業を経営しており、昭和十九年中訴外加藤孫一郎が右家屋の所有者となつてからは、同訴外人から期間の定めなくこれを賃借して、從前通り一部は住宅に、他は医業の場所に使用している事実、及び原告が肩書場所の家屋において、その一部を住宅として住み、他の部分を医業の場所として産婦人科医業を経営している事実は、当事者間に爭がなく、原告が昭和二十一年九月十八日右訴外加藤から本件家屋を買受け、同日その旨の登記をなした事実は、原審証人倉八房門、加藤孫一郎の各証言及び原告本人の原審竝びに当審における供述によつて明白であり、賃貸人である右加藤の地位を承継した原告が、同年九月三十日頃被告八尾に対して解約の申入をした事実は、同被告の認めるところである。

ここでひとまず本件の特殊性を明らかにしておく必要があるであろう。すなわち原告の主張によれば「原告肩書場所の借家は、二戸建であり、うち一戸を住宅とし、他の一戸を医業の場所としているが、手狭なため医業の継続上少からぬ不便と困難を感じたから、本件家屋を買受けたのである。」というのであつて、原告にとつて本件家屋は、單なる住宅としてなら必要ではないが、医業をなす場所として必要であるというのであり、それも現在の借家で、産婦人科医として医業に從事しているのであるが、たゞそこは狭いので、十分の成績をあげ得ないし、又国民体力の向上に寄與するの医師の本分を完うし得ないというだけのことである。さすれば、この立場を逆轉させて、本件家屋で同じく医業に從事している被告八尾に、原告の医師としての右の嘆きをいだかせることは、もとより原告の本懐とするところではあるまい。

問題は、このような場合における解約申入についての正当の事由の判定である。

この檢討に先だつて、事ここに至つた本件事案のいきさつについて、その概略を明らかにしておくことは無駄ではあるまい。

成立に爭のない甲第四号証、甲第八号証、乙第一号証、原審証人倉八房門、加藤孫一郎の各証言、原審竝びに当審における原告本人及び被告八尾本人の各供述によれば、つぎのような事実を認めることができる。

原告はかねて福岡市で同市屈指の産婦人科病院を経営していたが、今次の戰禍によつてそれを燒失し、現在の肩書家屋を借受けて医業を続けたものの、原告においては、開業医としてそこは地の利を得ないし、又狭くもあるとして、医業をなす場所として適当の家屋を他に物色していた折柄、世話する人があり、且つ被告八尾が本件家屋を引き拂つて郷里島原に帰えるということを他から聞かされたので、本件家屋こそ場所的関係といい、構造大きさといい快適のものとして、これを買受けるに至つたのである。この買受けにあたり、同業者であり、先輩でもある被告八尾に対して、直接確かめもしないで、被告八屋が郷里島原に引き上げるという傳聞事をうかつにも軽信したことが、後日になつてわかつたように、本件事態にもつれを生じさせたそもそものはじまりであつたのである。すなわち、原告が買受け後直ちに、同被告に対して前記のような買受けの事情を話して明渡を求めたのに対し、同被告の回答は原告にとつてあまりにも意外なものであつたのである。原告としては、被告八尾の郷里引き上げの傳聞事が、ここに初めて、事実無根のものであり、同被告においてそのような意向をもつていないし、又そのようなことを他に口外などしたことすらないことを知らされたのである。

とはいえ、事ここに至つては、原告としてはこのままひきさがるわけにもゆかないので、被告八尾に善処を乞い、住宅及び病院としての共同使用に話をすすめたり、同被告のための移轉先の病院を物色斡旋したりしたのであつたが、同被告の應諾を得られず、自力での解決に望みを絶つた原告は福岡市医師会長に解決方を依頼し、これにも絶望して裁判所に調停を申立て、讓歩の限りをつくして円満解決の実現につとめたものの、かたくなに讓歩を拒否し続ける同被告の前には、も早やどのような努力も実効のないことを知らなければならないだけのことであつた。ついには本件家屋を手放して他の家屋を買換えようとの思いをすらいだいたほどであつた。原告としては、まことに本件事態をほとほともてあましているかたちである。これほどの事態のもつれをもちきたしたものはその始発における原告の不覚ともいえる前記軽挙にあつたと責められなければならないのである。

一方讓歩を拒否し、自らを貫きとおそうとする被告八尾のかたくなさもさることながら、もともと本件家屋はレントゲン科專門病院として昭和三年頃訴外人によつて新築されたものであり、被告八尾においてこれを賃借承継して、昭和九年以來久しきにわたり終生の事業として同專門病院を経営して今日に至つているのであつて、それが突如同業者の原告から「自分が開業するために買受けたのであるから」とて、明渡や共同使用を求められたのであるから、同被告にとつては全く思いもよらないことであり、又胸にすえかねることでもあつたであろう。それで同被告が原告から明渡申出を拒否したのは、久しきにわたつて住み、医業に從事した本件家屋に対する愛着と、レントゲン医学に対する科学者の自負から、必ずしも経済的に時代の寵兒ともいえないであろうレントゲン医業の孤壘を守りとおそうとする老医の悲願からでもあり、又意地によるのでもあるといえる。共同使用とて、それは結局原告の仕打ちからみて、被告八尾にとつては追出策としか思われなかつたのも道理であり、移轉先の斡旋とて、これを拒否したのは、そこではレントゲン室を設置する余地がないと思つたからでもあり、もともと他に引き移ることは、被告八尾の前記悲願を意地に反することであつたのである。まことに本件の事態は、双方にとつて、單なる紛爭というよりも悲劇といえるほどのものである。

以上の認定を左右する証拠はない。

ところで、当審における檢証の結果によつて明らかなように、原告の現在の家屋はなるほど医業をなす場所としては狭くて十分とはいえないけれども、ともかく一應それでやつているのであり、それはそれなりに何とかしのげないこともないのであるのに反し、原審における原告本人原審竝びに当審における被告八尾本人の各供述、原審における檢証(第二回)鑑定人西津勝の鑑定及び当審における鑑定人宮原体助の鑑定の各結果によつて認めらるるように、被告八尾に移轉の意思とてなく、又住宅兼レントゲン科專門の医業の場所としての適当な移轉先がたやすく物色できるものでもなく、現に原告が移轉先として斡旋した家屋には、訴外の医師が依然医業を営み居住しているばかりでなく、レントゲン室を設置する余地がないので被告八尾においてそこへの移轉を拒否したわけであり、よしや適当な移轉先が物色できたとしても、レントゲン機械及びその附属品等の取外し、運搬、据付けの各技術竝びにそれらに要する費用等の関係で、レントゲン科專門医として本件家屋からの移轉は、いうはやすくとも事実行いがたいことであるから、原告のなした前記解約の申入は、本件家屋についての賃貸借の全面的解約申入としては正当の事由がないものといわなければならない。

ここで、原判決の判定した正当の事由の一部性の問題をとりあげなければならないであろう。

原告勝訴の部分は、本家である木造瓦葺二階建医務室の階上全部と階下北側の約半分及び附属建物木造瓦葺二階建居宅の階上全部と階下中居室の全部と物置(原判決書添付図面中赤色を以つて囲まれた部分)であり、共同使用の部分は、右医務室階下の一部である玄関、患者控室及び右附属建物二階建居宅階下の一部である、台所、湯殿、化粧室(右図面中青色の斜線を引いてある部分)であつて、その残部の右医務室の南側約半分と附属建物木造瓦葺平家建居宅全部(右図面中青色を以つて囲まれた部分)が、被告八尾の勝訴部分である。ところで、当審における被告八尾本人の供述、原審における檢証(第一回)竝びに当審における鑑定人古賀治郎及び日下部英之の各鑑定の結果によれば、被告八尾が原審において勝訴した右表医務室の南側の一部と右附属建物平家の裏居宅との連絡が断たれており、且つ、右医務室の南側の一部だけでは、調剤室の設置が困難であるので、医療法の要求する病院はもとより、診療所の開設もできがたい事実を認めることができる。右認定を左右する証拠はない。

さすれば原判決の判定した部分について、原告に解約の申入についての正当の事由があるとはいえないし、原審における第一回の檢証の結果によつて明らかな本件家屋の大きさ、構造その配置利用関係からいつて、他の分割方法によつても一部について、原告に解約の申入についての正当の事由があるものとは認めがたい。一部解約申入についても原告に正当の事由がないものと断ぜざるを得ない。

よつて、原告と被告八尾間にあつては、原告の控訴は理由がなく、且つ、原告の請求を一部認容した原判決は不当であるから、民事訴訟法第三百八十六條、第八十九條、第九十六條を適用して、主文のように判決する。

つぎに被告諸岡及び近藤の控訴の当否について判断する。

右両被告関係部分について、被告八尾は「当被告が共同被告諸岡及び近藤を本件家屋内に居住させておることは認めるが、これは、被告諸岡は戰災者であり、近藤は引揚者であつて、ともに住むに家なく、その困窮の状を見るにしのびず、同情の結果同居させておるのであつて、現在の社会観念上敢えて不当ではないと思う。」といい、被告諸岡及び近藤は「諸岡は戰災者であり、近藤は引揚者であつて、住むに家のない者であるから、共同被告八尾の同情によりようやく本件家屋内に起居するに至つた次第である。」というだけで、同居について原告の承諾のないことを自認しながら、原告に同居を以つて対抗できる正当性の主張をしないから、原告の被告八尾に対する賃貸借解約の申入が正当であるかどうかには関係なく、右両被告は原告の請求により本件家屋を退去する義務があるものといわなければならない。

よつて、原告と右被告等両名間にあつては、不法占有を原因とする原告の請求を認容した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三百八十四條、第八十九條、第九十五條を適用して、主文のように判決する。

(裁判官 小野謙次郎 桑原国朝 森田直記)

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